野際陽子さん肺がんで死去 若いころから現在までの活躍をたどってみた。

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野際陽子さんがご逝去されました。つい先日まお昼のテレビドラマ「やすらぎの里」に出演されたいて、81歳とは思えないきれいなはつらつとした姿を拝見させていただいていただけに、残念です。とっても好きな女優さんでした。ご冥福をお祈りするとともに、彼女の若い時からの活躍された軌跡を、振り返ってみたいと思います。

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野際陽子さん1936年1月24日

日 月 年
乙 己 乙  空亡 寅卯
巳 丑 亥  九星 二黒土星

大運 

04 14 24 34 44 54 64 74 84
己  庚  辛  壬  癸  甲  乙  丙  丁
丑  寅  卯  辰  巳  午  未  申  酉

野際陽子さんの誕生日の風景

乙巳(きのとみ)の日生まれ、お花やツル系植物がイメージ。

己丑土の広い土地に植えられた、乙・乙の花、富山県で生まれですから、砺波の水仙かな?
一月ですから、まだ井亥水の雪が降って寒い丑土ですが、己丑と上下の土に守られていますか家の中や温室で、巳火が炊かれて温かい場所で育てられていると、想像されます。

乙・甲木:比肩・劫財:自分。兄弟・友人・ライバル
巳火  :食神・傷官:表現力、自己アピール
己・丑土:財星・お金・父親・社交性・
亥水  :印星・知性・教養・才能

庚・辛の金星が命式にはありませんが、大運に、24歳までめぐっています。

乙巳の人は日支に、食傷をもちますから、人より前に出たい、目立たないと気がすまない、勝気な性格が強くでる傾向があります。
表現力に優れ、亥水の知性と教養を身につけ、大運は24歳まで、寅・卯と春運で、己丑土の広い世界で、乙の花は根を広げ、どんどん成長します。

乙巳の性格と運勢

大運24歳まで辛卯・偏官・研鑽と成長

大学卒業後、1958年:22歳、NHKにアナウンサーとして入局
1960年:24歳、NHK東京放送局(現:NHK放送センター)に赴任。

大運34歳まで壬辰・印綬

1962年:26歳、3月にNHK退職後、企画を説明する係として広告代理店へ転職,
15分の生放送番組である『女性専科』(TBS)の司会者を担うこととなった。

『女性専科』以降は女優活動が中心となった。
1963年(昭和38年)7月5日放送のテレビドラマ『悲の器』(TBS)で主演の佐分利信の教え子になる理知的な若い美人が欲しくて人選していたが、なかなか見つからず。野際は当時NHKの花形美人アナウンサーだったが、近々辞めてフリーになるという噂があり、会って「芝居やってみませんか」と誘ったら「とてもやりたいと思っている」と言われ出演してもらった[8]。

1966年:30歳、2月にかねてから念願であったパリへ留学。

ソルボンヌ大学で古典仏文学の授業を受けながら、アリアンスフランセーズにも通い、1年を過ごした。

1968年(32歳)にテレビドラマ『キイハンター』がスタート.5年間放送され、視聴率30%以上を記録し一世を風靡した。
ディレクターにどうしても歌わせて欲しいと直談判して[9][出典無効]、主題歌の「非情のライセンス」も歌った。

1972年(36歳)には共演の千葉真一と婚約、翌年結婚。

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大運:44歳まで癸巳:偏印

季節は夏運に入りました。

1975年乙卯・比肩、建禄(39歳)に真瀬樹里を出産38歳11か月での初産,

大運:54歳まで甲午:劫財

大運:64歳まで乙未:比肩

1992年(56歳)
テレビドラマ『ずっとあなたが好きだった』で息子・冬彦(佐野史郎)を溺愛する強かな姑役を演じ、以降はこれまでの母親役以外に強烈な姑役が加わった。

1994年(58歳)、日本に居たかった野際は、アメリカに拠点を移したかった千葉真一と離婚。

2014年甲午(78歳)
初期の肺腺癌と診断され手術した。
2015年乙未・比肩に再発したため、再手術で腫瘍摘出手術を行っていた。

2017年(平成29年)5月に肺炎を併発したため再入院したが、容態は回復する事なく2017年6月13日に東京都内の病院で死去、享年82(満81歳没)

テレビドラマは『やすらぎの郷』が、映画では『いつまた、君と~何日君再来~』(2017年6月24日公開)が遺作となった。

乙巳の結婚観

記者会見の際には同席してマスコミに臨んだ。後に野際は2013年の『ボクらの時代』に出演した際、「当初から結婚生活自体に違和感を覚えていた。結婚前から大変な結婚になりそうだ、という予感はあった。離婚に向け、全てが整うまで21年かかった。結婚してからも夫婦というより仲間の延長のような感じだった」と語っている[13]。

多趣味

独身時代から勉強していた語学に加え、結婚後も子供と一緒にアイスダンスやピアノなどを習っていた事がある[19] 近年は雑誌の取材で玉村豊男のアトリエを訪れた事がきっかけで水彩画を描いている[21]。

健康おたく

健康おたく自称するくらい健康には気を使っており、自分で考案したり人に聞いたりした健康ドリンクを長年飲み続け、「老いは股関節から来る」と主治医に聞いてからストレッチを続け、180度開脚できるようになった[21]。

佐野史郎

テレビドラマ『キイハンター』や『鬼平犯科帳』などで共演した丹波哲郎から妹のように可愛がられ、所属しているラヴァンスも丹波が設立した「丹波プロダクション」が元である。佐野史郎はドラマ『ずっとあなたが好きだった』で野際と共演していた時に、丹波から「陽子をヨロシク!」と声をかけられている[22]。

浅野ゆう子
『ずっとあなたが好きだった』の後も『ダブル・キッチン』など着物を着た姑役が続くが、「私の後(の姑役)は、浅野ゆう子さんにでもお願いしようかしらね」と語り、浅野とも交流が続いている。

伊東四朗
夫婦役では『ダブル・キッチン』以降伊東四朗との共演が多く、伊東は「野際さんは本当にお若いし努力家で素晴らしい人」と評している[要出典]。

橋爪功
映画『善人の条件』、ドラマ『ずっとあなたが好きだった』『スウィート・ホーム』『京都迷宮案内』『新・京都迷宮案内』(無印から9シリーズ連続共演)『笑う三人姉妹』、『告発〜国選弁護人』などで共演している。

黒柳徹子

黒柳徹子とはNHKアナウンサー時代から公私にわたり60年以上の親交がある[要出典]。
そのため『徹子の部屋』の草創期からの常連出演者[要出典]であり、2000年代以降は番組の節目や特別番組などに招かれている[要出典]。
番組へのゲスト出演21回は女性ゲストでは最多だった

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