NHK朝ドラ、べっぴんさんのすみれの、実在の人物モデルは、アパレルメーカー:ファミリア創業者として知られる人物、坂野 惇子さん。
誕生日は、1918年4月11日、さて、どんな人なんでしょうね?

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坂野 惇子(ばんの あつこ)1918年4月11日

日 月 年
戊  戊 空亡 午未
 辰  一白水星

戊子(つちのえね)の日、小高い山がイメージ、辰土に根があって、安定しています。

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月干に丙火の太陽が輝いているのは、力のある人から可愛がってもらえる、人徳を持っています。
年支に午火の根があって、4月、春とはいえ温かいお天気で、戊・辰土は良く超えた土壌です。

また、子水もあり、バランスがよく、魅力的な人物を想像させる誕生日です。

丙の太陽が強いエネルギーを発していますから、夏以外の季節、特に戊土を耕して緑豊かな風景に作りあげる甲・乙・春運や強い火・土を和らげる金星、庚・辛・秋運が発展運になります。

02 12 22 32 42 52 62 72 82 92
  乙  甲  癸  壬  辛  庚  己  戊  
辰  卯  寅  丑  子  亥  戌  酉  申  未

大運は、春から冬・秋となっていますから、運も強い人です。

板野惇子さんの経歴

板野惇子さんがヒロイン役のすみれのモデル、ドラマでは、18歳で田中紀夫さんとお見合いし手結婚しますが、実際には、板野通夫さんと1940年、22歳で結婚して、1943年に長女を出産しています。

出兵中に長女『光子』てるこさんを連れて、姉の嫁ぎ先の岡山に疎開します。
1945年08月15日 終戦を迎えると、インフレが起きている日本は困窮しますが、預金閉鎖と財産税が課せられたものの、どうすればよいかわからない。

そんなとき、レナウンを立ち上げた尾上清さんが父親とともに、復員され、生地を販売する代わりに、仕事をしないと生きていけないと諭されます。

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そして、家でできる仕事はないかと思い、得意な洋裁をはじめたのです。
姪の服を縫ったのがきっかけで、ご近所からも作ってほしいと頼まれるようになり、その後は、村井ミヨ子の頼みなどもあって、週一回の手芸教室を開くことになりました。

そんなある日、生活費を工面するために自分のために作ってもらった所有していたハイヒールを、神戸三宮センター街のモトヤ靴店に売却を頼んだのですが、店主が惇子お手製の刺繍入りのバッグを目にして、「陳列棚を用意するから、手作りの品物を売ってみませんか」とお店を開かないかと声をかけてもらうのです。

それを受けて惇子は、女学校時代の友人、田村枝津子さん・姉の田村光子さんと不破孝子さんも加わり、共同で1948年に「ベビーショップ・モトヤ」を神戸・三宮のモトヤ靴店の一角を利用して開業したのです。。

板野惇子さんの大運と出来事を比較

大運:23歳~32歳 癸丑・天地徳合 

惇子は1947年(29歳)(丁亥:印綬)に自宅を使って手芸教室を開く
1948年:30歳(戊子・比肩:併臨:一白水星・艮宮)12月4日(亥子丑水極):

ベビーショップ・モトヤをオープン。
オープンしたときは、陳列ケース2台からの始まりでした。

英国の記事や、フランス製の刺繍糸を使った作品は良質と評判が良く、初日から大人気で進駐軍のお母さんたちに大人気で、数か月かけて作った商品も、4日ぐらいで品薄になるほどでした。

クリスマスシーズンには、キャンディーをセロファンで包んでリボンを付けて陳列ケースに並べると、子供向け用のはずが、大人のクリスマスパーティー用にと爆発的に売れた、というシーンは、ドラマでは、娘へのクリスマスプレゼントに、夫の紀夫さんが、考えたアイディアでしたね。

時とともに繁盛していった、ベビーショップ・モトヤ店は、靴屋の横に3坪ながら独立店舗を構えることになります。

1950年:32歳(庚寅:食神:一白水星:坎宮)04月12日 株式会社 ファミリアの店舗を開店させました。

大運:53歳から62歳 辛亥

1976年(58歳):丙辰(月柱と併臨)(大運と天戦地冲)
東京・銀座に子ども百貨店 銀座ファミリアを開店、

大運:63歳~72歳 壬子

1986年(68歳):(丙寅)には経済同友会に入会、
1992年(74歳):(壬申)にファミリア会長、1998年(80歳):(戊寅)に名誉会長にそれぞれ就任した[6]。
また母校の甲南女子学園の評議員を1979年:から1984年(甲子)まで務めた[5]。

(ウィキペディアより)

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