羽生善治の性格と運勢&結婚運1970年9月27日生まれを四柱推命占い!

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第7回朝日杯将棋オープン決勝戦将棋界のトップを走り続けている羽生善治さん。竜王の座も手にいれて、史上初の永世七冠を達成、気の遠くなるような戦いを続けてきての大記録という偉業に、国民栄誉賞が贈られました。

 

羽生善治1970年9月27日の命式

年 戌(戊)比肩 偏印 衰
月 (辛)正財 劫財 帝旺
日 戌(戊)   偏印 衰

空亡 寅卯
九星:三碧木星

羽生善治1970年9月27日の風景

庚戌(かのえいぬ)の日生まれ。
庚は陽の金星・戌は陽の土、10月を表し、秋生まれの庚金。

酉戌の西の半方合が酉金を強め、月柱の酉金が庚金の根となり月令を得て、十二運が帝旺となり、さらに金のエネルギーが強くなっています。

時柱がわからないので断定はできませんが、強旺格の可能性もある命式です。

金星一つだけに偏った、個性的な命式となり、大きな乗り物・新幹線や飛行機などを想像します。

羽生善治1970年9月27日の特徴

羽生善治さんが生まれた日は庚戌の魁ごう、そして年柱も庚戌の魁ごうの併臨。

金の鋭いエネルギーを持ち、ひとつのことに集中して特殊な世界を極めて、成功するには良い誕生日です。

庚乙干合があり、酉金が月令を得ていますが、庚・庚二つと、乙一つの妬合となrっていますから、変化する干合とはならないようです。

庚金は、月柱の社会運が酉金で十二運が帝旺、プラス、戌・戌土の印にも強められていて強い意志の持ち主です。

羽生善治さんのように、金だけの同じ五行の偏りが強い命式の人は仕事運が大好き人間で、社会運は強いのですが、調候が崩れた時は、妻縁や家庭運、また健康運に支障が出やすくなります。

年支を20歳くらいまでの初年運、月柱を中年期の仕事運、日支を40歳以降の運、時柱を晩年運とみることもあります。

年柱の幼少年期に、偏印という将棋の世界の星を持ち、将棋の世界に縁があって飛び込み、魁ごうの魅力もあります。

月柱の中年期は帝旺に羊刃が付いてエネルギッシュ、酉戌の金星半方合の強いエネルギーで負け知らず、日柱の晩年も偏印の世界です。

羽生善治1970年9月27日の性格

庚・庚・酉金と酉戌の西の方合で、金星一色の命式は、強旺格の傾向。

金属は硬くて冷たいもの。

意思が固く、現実的な考え方や生き方をするマイペース型の自由人。
戌土があり、積み重ねることを主とし、安心と安定を求めて努力します。

月支元命の劫財は、奉仕精神やボランティア精神が旺盛な人、頼まれると断れない面倒見の良い人の傾向がありお人よしです。

羽生善治さんの庚金は、お金よりも義を重んじ、身旺の人ですから、人のために使えるエネルギーは十分にあります。

自分の持っているものを包み隠すことなく積極的に与える、お互いを深めていこうという姿勢は月支の劫財とともに、身旺の性格でしょう。

日支は、配偶者との関係、そして人生の価値観やこだわりを見ます。

羽生善治さんの日支の偏印は趣味の星、自分が興味を示すことに深く知識を求める意欲が強く、配偶者には母親のように包容力がある人を選ぶ傾向が強いです。

十二運の衰は、帝旺で人生の頂点を極めて、体力や気力の衰えを感じ出す老人の星ですから、何となく落ち着きがあり悟りを開いたような雰囲気を感じさせる人です。

羽生善治1970年9月27日の結婚運

03 13 23 33 43 53
乙  丙  丁  戊  己  庚
酉  戌  亥  子  丑  寅

羽生善治1970年9月27日の結婚運

大運は戊子
戊は戌に透干して大きな建物や山を想像します。

庚・酉・庚金は、大きな建物の中、家庭を持つことによって、安定した生活を求めたようです。

婚約発表は
1995年(25歳):乙亥・正財
三碧木星:震宮在箔

庚乙干合。
正財との合で、結婚を強く意識する時期でした。

挙式は
1996年(26歳)丙子・偏官

羽生善治1970年9月27日の運勢

14歳~23歳の大運・丁亥

庚金に丁火が入って鍛錬・金属の塊、材料が世の中の役に立つ商品として生まれ変わります。

どんどん魅力的な自分を創りあげていく運期。

1985年(15歳):乙丑:正財

丁火に乙木の薪が入り、庚金は溶かされて新しい商品に生まれ変わります。

12月18日に三段での13勝4敗を記録・四段に昇段してプロに昇格。

1986年(16歳):丙寅:偏官

全棋士中1位の勝率0.741(40勝14敗)を記録。
将棋大賞の新人賞と勝率一位賞を受賞する。

1987年(17歳):丁卯・正官
12月5日、天王戦で優勝。
17歳2か月での優勝は、新人棋戦を除く公式戦に於ける史上2番目の年少記録である[注 7]。

1988年度(18歳):戊辰・偏印
羽生が知られるようになったのは、五段時代の第38回
(1988年度)NHK杯戦である。

大山康晴(3回戦)、加藤一二三(4回戦 = 準々決勝)、谷川浩司(準決勝)、中原誠(決勝)と、当時現役の名人経験者4人をすべて破るという、まるで作った舞台設定[注 8]のような勝ち上がりで優勝。

1989年(19歳):己巳
第2期竜王戦で3組優勝者として挑戦者決定トーナメントを勝ち上がって挑戦権を獲得し、タイトル戦に初登場・竜王位に就いた。

1990年(20歳):庚午・比肩

11月に谷川に竜王位を奪取され、無冠の「前竜王」になる。

1991年(21歳)辛未・劫財

3月に棋王位を獲得し、以降、一冠以上を保持する状態が長く続く。

1992年(22歳):壬申・食神
第40期王座戦で福崎文吾から奪取して、初めて複数冠(王座・棋王)となる。

ここから長い王座戦連覇が始まる。

1993年(23歳):癸酉・傷官
谷川から棋聖を、郷田真隆から王位を奪取して五冠王(大山、中原に次いで3人目)となるも、竜王戦で佐藤康光に敗れ四冠に後退する。

順位戦では、1991年度(第50期)のB級2組から2期連続昇級でA級に昇格。

さらに竜王位を佐藤から奪還して史上初の六冠王となる。

24歳~33歳の大運:戊子

1994年(24歳):甲戌・正財

大運戊子ですが、木剋土。

1994年名人戦七番勝負の相手は、50歳の米長邦雄名人から奪取。
さらに竜王位を佐藤から奪還して史上初の六冠王となる。
残るタイトルは、谷川が保持する王将位ただ一つとなった。

1995年(25歳):乙亥・正財
乙庚干合。

3月23-24日)は、青森県・奥入瀬で行われた。
阪神淡路大震災で被災[注 13]したばかりの谷川によって、七冠制覇を目前で阻止された。

羽生がタイトルに挑戦して敗れたのは、これが初めて。

1996年(26歳):丙子・偏官

2月13日-2月14日

王将位を奪取し、ついに七冠独占を達成した。

タイトル戦の数が6つ以上になった1975年度以降、全冠制覇は初の出来事だった。

永世名人資格(通算5期)までの残り2期獲得まで12年もかかることになる。

七冠から一冠へ陥落、再び四冠
次の防衛戦(七冠王としての3つ目の防衛戦)は、2期連続で三浦弘行[注 16]を挑戦者に迎えた第67期棋聖戦であった。

(1996年2月14日=王将奪取日-7月30日=棋聖失冠日)。

1997年(27歳):丁丑・正官
第55期名人戦という2つのビッグタイトル戦で、いずれも谷川に敗れ四冠に後退。

獲得賞金・対局料ランキングでは羽生は1位が‘指定席’であるが、1997年は谷川竜王・名人にその座を譲った。

1997年(27歳):丁丑

第47回NHK杯戦決勝(対局日は1998年2月28日)
村山聖との最後の対戦となった(約5か月後の1998年8月8日に村山が死去)。

最終盤、村山が悪手(68手目△7六角[book 10])を指し、急転直下で3手後に村山の投了となった。羽生は4度目の優勝。これで、二人の通算対戦成績は羽生の7勝6敗となった[注 18]。
第38期(1997年度)王位戦七番勝負(対・佐藤康光)から第48期(2000年度)王座戦五番勝負(対・藤井猛)にかけて、登場した15回のタイトル戦で全て獲得に成功(防衛14、奪取1)。第13期(2000年度)竜王戦七番勝負で藤井猛竜王に挑戦敗退して止められる(藤井はこれをもって竜王戦史上初の3連覇)。

2003年(33歳):癸未・傷官

第51期王座戦では、10代で羽生より一回り以上若い挑戦者・渡辺明に1勝2敗とされてからの2連勝で辛くも防衛。

最終第5局では、終盤で勝ちが確実となったときに手が激しく震え、駒をまともに持てなかった。

同年度の竜王戦、王将戦、そして翌2004年度の名人戦で、いずれも森内に立て続けに3つのタイトルを奪われ、

永世竜王資格獲得(竜王通算7期)と永世名人資格獲得(名人通算5期)の両方を阻止される。
竜王戦は自身初のタイトル戦ストレート負けで羽生のタイトルは王座だけとなる。

羽生が一冠のみとなったのは11年9か月ぶりのこと。

34歳~43歳まで大運・己丑・印綬

2004年(34歳):甲申・偏財

2004度中に次々とタイトル挑戦権を得て、まず王位戦で谷川王位に挑戦して奪取し、王座一冠の時期は89日で終わる

(2004年6月11日-9月8日)。

さらに王座戦で森内の挑戦を退けて防衛した後、冬には王将戦と棋王戦で、森内王将・谷川棋王それぞれにストレート勝ちし、あっという間に再び7タイトルの過半数の四冠を占める。

永世名人獲得成功と永世竜王獲得失敗

2005年(35歳):乙酉・正財
乙庚干合
酉丑半会

2004度のA級順位戦では8勝1敗の成績だったにもかかわらず同星の谷川とのプレーオフとなり、結果敗れて名人挑戦を逃した。
8勝して名人挑戦できなかったのは、順位戦史上、唯一のケースである[注 19]。

2006年(36歳):丙戌・偏官

王座を防衛した時点で通算タイトル獲得数を65期とし、中原誠の通算64期を抜いて歴代単独2位となる。

2007年(37歳)丁亥・正官

12月20日、第66期A級順位戦6回戦・対久保利明戦で勝ち、史上8人目の通算1000勝(特別将棋栄誉賞)を史上最年少、最速、最高勝率で達成。

2008年(38歳):戊子・偏印

2月28日には、第57期王将戦で防衛に成功し、史上2人目の棋戦優勝100回(タイトル獲得68期、一般棋戦優勝32回)を達成。

2008年6月17日、第66期名人戦第6局で森内名人を破り、名人位と三冠に復帰。通算5期獲得により永世名人(十九世名人)の資格を得る。

これにより史上初のいわゆる「永世六冠」(永世名人、永世棋聖、永世王位、名誉王座、永世棋王、永世王将)を達成。大山康晴と中原誠の「永世五冠」を抜いた。

そして、残る1つの永世位獲得をかけ、第21期竜王戦で渡辺明竜王への挑戦権を得るも敗れる。
渡辺が勝てば連続5期で初代永世竜王、羽生が勝てば通算7期で初代永世竜王という、タイトル戦史上初の初代永世位決定戦となった。

2010年(40歳):庚寅・比肩

6月1日、第51期王位戦白組プレーオフで戸辺誠に勝ち、通算1100勝を達成。
同年、タイトル戦登場100回目となった第81期棋聖戦は、深浦を3勝0敗のストレートで下して防衛し、記録に花を添える(2010年6月26日)。また、

第58期王座戦では藤井猛を相手に3勝0敗で防衛(2010年9月29日)。
同一タイトル19連覇、同一タイトル6回連続ストレート防衛という2つの歴代1位の記録を樹立した[注 21]。

2011年(41歳)辛卯・劫財

2月11日、第5回朝日杯将棋オープン戦で、2年ぶり2度目の優勝。

森内俊之との第69期名人戦で3連敗後3連勝するも、最終局で敗れ失冠。

しかし、同年の第52期王位戦で広瀬章人王位に挑戦し、4勝3敗で奪取(2011年9月13日)。

第70期(2011年度)順位戦で史上3人目のA級順位戦全勝優勝を達成。

2012年(42歳)壬辰・食神

第70期名人戦で森内に敗北(2勝4敗)。
A級全勝者挑戦の名人奪取失敗は史上初。

しかし、直後の第83期棋聖戦で新鋭・中村太地(タイトル初挑戦)を3連勝で退け、通算タイトル獲得数を81期として歴代単独1位となる

第71期(2012年度)A級順位戦で優勝し、2年連続で名人挑戦。

2013年度(43歳):癸巳・傷官

第71期名人戦は3年連続で森内との対決となったが、1勝4敗で敗退。

一方、渡辺の挑戦を受けて史上初の三冠同士対決となった第84期(2013年度)棋聖戦では3勝1敗でタイトルを防衛し、通算公式戦優勝回数を25回として歴代単独1位となる。

第61期(2013年度)王座戦で中村太地に対して1勝2敗からの2連勝で辛くも防衛。

2014年(44歳):甲午・偏財

第7回朝日杯将棋オープン決勝戦(2月8日)で渡辺二冠を下し、3度目の優勝。

また、渡辺王将に挑戦した第63期(2013年度)王将戦ではフルセットにもつれ込むも惜敗(四冠を逃す)。
3度目の名人復位と4年ぶりの四冠復帰

第40期(2014年度)棋王戦で渡辺に挑戦するも、3連敗で奪取失敗。

なお、2014年度は2つのタイトル挑戦者決定戦で敗れ(竜王挑戦者決定三番勝負・対糸谷1勝2敗、王将リーグプレーオフ・対郷田)、年度全てのタイトル戦登場を逃した。

2015年度(45歳):乙未・正財

第73期名人戦は行方尚史を挑戦者に迎え、4勝1敗で防衛。
これにより名人通算9期、名人位獲得数が歴代3位となった。

2016年(46歳):丙申・偏官

第9回朝日杯将棋オープン戦の決勝(2月13日)で森内に勝利し、3連覇を達成。

また、一般棋戦の通算優勝回数が44回となり、大山の記録に並んだ。第74期(2016年度)名人戦は佐藤天彦を挑戦者に迎え、1勝4敗で失冠。名人通算10期とはならなかった。

これにより25年連続の年度複数冠を達成。

13年ぶりの一冠後退と竜王挑戦、そして永世七冠

2017年度(47歳):丁酉・正官

自身の持つ棋聖戦連覇記録を10へと伸ばす。

26年連続の年度複数冠を達成。

羽生善治が逆境を乗り越えた“金言”

「負け」を受け流す図々しさも必要

 

史上最強の棋士・羽生善治さんは、負けたときは正面から受け止めないほうがいいと言ってます。
適当に負けて、自分を変化させることが必要不可欠なんだそうです。

これからも羽生永世七冠のご活躍を期待しております。

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